8月20日(月) ま、ちょっと涼しいかも


 サムルノリって奥が深いんだな。
 今日が最後の講習だったけど、楽器を叩くだけでなく、踊りや歌もある。それに加えて『花いちもんめ』のような遊びもある。ムカデのように連なって追い掛け回すのもある。たぶん、韓国の昔の遊びなのだろう。
 参加した年配の女性は、講習後に「日本に持ち帰る」と言って楽器のチャングを買いに直行した。一番大きい楽器だが80000ウォン程度で手に入るらしい。
 なお、今日の講習は16時30分頃から中庭で人の行き交う中で叩いた。恥ずかしかったけれど、人の目は一瞥して“ふーん”で終わりだった。ヘタウマでもさして気にしてはいなかった。



8月21日(火) 雨が降るといっていたのに、晴れ


 午前は授業。午後からは国楽鑑賞ということでKBS(韓国放送公社)へ行く。KBSのバスが迎えに来たあたり、力が入っている。
 でも…と、車中で考える。国楽鑑賞がなぜ放送局なのか、高麗大のためだけに国楽をするとは思えない、と。14時30分頃に局着。
 スタジオに案内されて謎が解けた。国楽の番組収録だったのだ。学生にとっては国楽鑑賞ができ、大学にとってはPRもでき、KBSにとってはエキストラを苦労せずに確保できる。一石三鳥。なにしろ、アナウンサー氏が“今日は高麗大学・韓国語教育センターの皆さんがお越しです”と言ったぐらいだもの。
 内容は江原(カンウォン)道の伝統的な民謡。何を言っているのか聞き取りにくいが、それは韓国人も同じこと。古語と方言が混じっていれば、すぐには理解できないものである。日本の民謡も同じと考えれば理解していただけるでしょうか。
 しかし、見てて楽しかった。日本の民謡とて2時間半も聞くことはないのだし、たまにはいいのかもしれない。それとは別に、スタジオの雰囲気は日本の放送局と変わらないなー、と思っていた。
 なお、今回収録したのは9月9日午後1時10分からKBS第1で放送予定なので、ぜひご覧ください。
乗車したKBSのバス。 KBSテレビ第3スタジオの様子。 司会のアナウンサー。美人でした。
 それにしても、アナウンサーさん。
 MCで“9月9日です。涼しくなってきましたね”なんて言っていたけれど、後ろに座っていた学生連中はTシャツ1枚だったりするんですよ。ちょっと矛盾してませんか。



8月22日(水) フツーの晴れ


 クラスは男性3人女性10人の構成で、先生は2人とも女性。文法担当のチョ・キョンイム先生は既婚者だけれど、会話担当のイ・キョンヒ先生は独身。年齢はわからないが20代後半っぽい。

 その会話の授業でのこと。テキストの内容が美容室での会話、女性の若い先生と女性中心のクラス。となれば、韓国の美容室事情に20分も話が弾んだ。値段は概して日本よりも安いようだが、店やパーマによっては日本よりも高くなるようだ。そして最後には21歳女性の“先生が行かれている美容室を教えてください”でトドメをさす。先生も地図を書いて場所を教えた。授業後、彼女は「帰国するまでに絶対に行ってやるんだ」と喜んでいた。
 女性の美へのあくなき探究心、おそれいりやした。

 17時に大学近くの安岩ロータリーで待ち合わせ。札幌サポの自分、浦和サポ、京都サポとその彼女の4人でKリーグを観に行く。地下鉄1号線に乗って約1時間、ソウルの隣の富川(プチョン)へ行き、富川SK対釜山(プサン)アイコンズを観戦。富川が前のホームゲームで勝ったので無料だった。なんという太っ腹! でも京都サポ氏が釜山のファンなのでアウェイゴール裏に陣取る。
 釜山サポは50人ほど、夏休みなので子供もいる。“ミオ・エクセレント!”と叫び、肩を組んで跳んで跳ねての応援。日本と変わらない。違うのはゴールが決まってなくてもフラッグを振って応援するところ。対する富川サポは『ULTRAS PUCHON』と横断幕を掲げ、ゴールが決まると発煙筒を焚いた。チームも花火を打ち上げた。日本なら消防法違反だよ、オイオイ。
釜山のサポーター シュートが決まって発煙筒を焚く富川サポーター
 試合のほうは、ホームの利を生かして多様な展開をする富川に対し、サイドからのクロスしか入れない釜山という、明らかに富川有利の展開。おまけに釜山はPKも外してしまう始末。それでも釜山は2−2の引き分けになんとか持ち込んだ。
 夏の夜、ビール片手にのんびりと試合観戦は気持ち良かった。



8月23日(木) だから暑いんだってば


 同じ下宿の竹内さんが仕事の都合で朝の飛行機で一足早く帰国。もう3週間が過ぎたんだ。
 授業も今日はテストである。別に落とす試験ではないから気分的にはラクである。しかし手抜きしていいわけではない。テストだから良い点数を取りたい。当たり前である。
 文法の試験。問題用紙に向かう。設問のほとんどが四択なので助かった。しかし、最後の設問が“この3週間での体験や思い出などを書け”は、いろいろありすぎて書くのに時間がかかった。
 会話の試験。ヒアリング試験のあと、くじでペアが決められ、さらに別なくじで会話内容が決まる。3年ぶりに会った友達との会話という設定でMさんと会話。そのあとは先生と1対1の面接試験。先生がおっしゃったことはわかったし、自分が言いたいことは言ったけれど、少々支離滅裂だったと思っている。

 午後からはソウル駅前のワールドカップオフィシャルショップへ行く。品定めをしていたら「これなんかどうですか?」と店員から日本語で話しかけられた。こちらは何も言葉を発してないのに、なぜ日本人だとわかったんだろう???
 品物を持ってレジへ行くとノートを出されて“日付・氏名・住所を記入してください”と言われた。ソウルの安岩の住所を書いて出すと、店員の女性は「私も高麗大の出身です。今、日本語の勉強をしていますが、漢字の読みが難しくて大変です」と流暢な日本語で言ってきた。だから韓国語で“わかりますよ。漢字の読みは我々日本人でも難しいです”と答えておいた。



8月24日(金) 晴れたらなんで暑いの?


 終了式である。もう3週間が過ぎた。「早い」というよりは「速い」感じだ。
 教室の入口で利川で作った陶磁器を受け取った。これが完成品。
ま、大したモノではありません。
 12時から発表会。各クラスから2人ずつ出て韓国語でスピーチ。それに加えて、我が中級A全員で『マウムヤケソ』を歌った。ダウンタウンの浜田がカタカナで歌った曲である。
 そのあと、先生から終了証・成績表・皆勤賞(証?)が渡された。100点満点中94点。でもみんなもこんなもの。平均的である。
 クラス全員と先生で写真を撮り、ソウルでの再会を誓う。だって、皆とここで会ったのだから。去りがたい雰囲気は卒業式と一緒。懐かしかった。

 余韻と感傷に浸りつつ、地下鉄に乗って金浦(キンポ)空港へ向かい、16時30分発のKE1149便で釜山へ。飛行高度は低め。17時30分に着陸。バスで釜山駅へ行き、広場観光ホテルにチェックイン。窓から駅のホームが見える近さだ。
 食事をするために外に出る。さすが韓国最大の港湾都市である。繁華街はロシア語・中国語の看板が多い。それを裏付けるようにロシア人や中国・台湾人が多い。日本人も多いに違いないが、日本語の看板は多くなかった。



8月25日(土) 釜山はくもり、ソウルは知らん


 朝、ホテルの部屋から福岡からのカメリアラインが入港する様子が見えた。やっぱりここは日本に近いことを改めて感じた。ひょっとして、と思ってラジオをつけてみた。NHK第一福岡局がクリアに聞こえる。FMも場合によっては聞こえた。釜山は韓国のことも日本のこともわかる。なんとすばらしい。

 で、3週間の韓国暮らしの結果がこれ。
 朝、ホテルのレストランでコーヒーとトーストのセットを頼んだつもりだった。ところがウェイトレスは別々に頼んだと思ったらしく“別々ではなくセットですと1000ウォン安くなりますよ”と言ってきた。こちらはコーヒーの種類を聞いてきたと思って“ブレンドをお願いします”と答えてしまった。ウェイトレスは本当に説明に困ってた。それでもメニューを指差しながら説明してくれた。理解できたのはそのあと。ほんとにもう、何を答えてるんだかなあ。スマヌ。

 9時過ぎにチェックアウト。釜山見物をする。
 釜山はその名の通り山が多い。港町だから潮の香りもする。ソウルとは空気が全然違う。チャガルチ市場には魚が生きたまま売られていた。屋台も多く出ている。でも、例えばマクドナルドの店先に出ていたりするんだけれど、それって営業妨害になるんじゃないのか?と、いらぬ詮索をしてしまった。
スルメを売ってました。
 竜頭山(ヨンドゥサン)公園の展望台でしばらく過ごす。湿度が低くて吹く風が心地いい。トンボも飛んでいた。秋が近いことを感じる。

 15時30分発のKE1136便でソウルに戻り、18時過ぎに下宿に戻った。
 ソウルでの最後の夜、現実に戻る前の夜、食事を一口一口、口に入れて噛みしめた。このまま時間が止まってくれればいいのに、あるいは、一日が50時間ぐらいあってくれればいいのに、そう思った。だって、ここに二度と来ることはないと思うから。



8月26日(日) 気持ちいい晴れ


 夢を見た。
 学校へ行くが、忘れ物に気づいて戻る。体育ジャージに着替えて再び外に出るが、踏切の遮断機が下りてしまい、身をよじって難を逃れる。電車は西武鉄道だった。
 ここで時計のアラームが鳴った。続きも気になるところだが、戻ってきて再び出掛けるという内容が8日に見た夢と酷似している。またソウルに…という予知夢なのだろうか。帰国当日なのも出来過ぎだ。

 時間は5時。身支度を整えて5時30分に下宿を出発。玄関でアジュンマが見送ってくれた。ここで一礼。朝が早いのに下宿の旦那がロッテホテルまで送ってくれた。車中で旦那が“いろんな経験をしたと思うけど、いい思い出だけ残してちょうだい”とおっしゃった。そうしよう、と思った。わずか10分でロッテホテルに着いて車を降り、戻っていく車に一礼。
 5時50分、仁川空港行きリムジンバスが来た。渋滞に引っかかることもなく7時前に空港に到着。大韓航空の韓日路線専用カウンターで札幌行きKE765便のチェックインをして、8時に出国手続。出るのは簡単だ。8時30分に搭乗を開始し、9時きっかりに移動開始。

「また来るかもよ」

 離陸直前、心の中でそう思った。なぜかわからないけど、なぜか、なんとなく、でもはっきりと、そう思った。未来のことは誰もわからないのに。

 飛行は気流が少し悪かったものの、機内食をたいらげ、コーヒーをおかわりしてしまった。乗務員は韓国人だから韓国語で注文した。そして11時20分頃に新千歳空港に着陸。11時40分定刻にボーディングブリッジに止まった。お見事。
 日本人の日本入国審査は簡単だが、税関は厳しい。でも免税店に行っていないし、麻薬も拳銃もないからすぐ通過できた。

 バスに乗り、家に着いた。ホッとしたというのが正直な感想だが、でも、どうも落ち着かない。3週間前と同じ生活に違和感を感じる。3週間でも韓国モードになったためだろうか。慣れというのは恐ろしい。





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