8月6日(月) 晴れてスコール、また晴れて
ついに留学の初日がやってきた。国際館の508号室へ行く。日本語が行き交うが関西方面の方言が多い。参加者は66人、結構いるもんだ。
そして入学オリエンテーションでハングルで自己紹介を書かされ、それを持って6階の教室で先生と1対1の面接。クラス分けをするためである。聞かれたことは、
@韓国語は何年勉強しているか
@勉強している理由
@家族のこと
@韓国から札幌に友達が来たら、いつがいい?どこに案内する?
@日本では何が話題になっている?
後刻、下宿で確認したら2人は20秒とか3分なのに、自分は5分も話していた。「それは高いレベルのクラスになるからだよ」と中野さんは笑って脅したが、結果は翌日に。
面接が終わればオリエンテーションも終わり。大学内で昼食を取る。国際館の1階に食堂があり、昼からサムゲタンを食べた。そのあとはロビーのパソコンで軽くインターネットをする。韓国のパソコンは日本語フォントが入っているのが多く、文字化けしなかった。
それでも時間があったので地下鉄に乗って乙支路(ウルチロ)4街へ。市場があったので行って見ると、海産物、干物、生肉など(犬の肉もあった!!)が並べていた。しかしそれらが入り混じって、生臭いを通り越して異臭が漂う。その横(というか、付近)にはアクリル板や木の板を扱う商店も並び、異臭に木とアクリルの臭いもミックスして、とてもとても…。逃げるようにして下宿へ戻る。
8月7日(火) 学校に着いたらどしゃぶり
面接の結果が掲示板に貼り出された。初級A・B・C、中級A・B、高級(※)の6クラスの中で中級Aとなり、テキストを購入して407号室へ行く。クラスは13人。10代から70代まで幅広い。
1・2時間目は文法。チョ・キョンイム先生が担当。テキストの第1課から始める。
3・4時間目は会話。イ・キョンヒ先生が担当。テキストの第1課から始めるが、それとは別にクラスメート同士で韓国語で会話し、それを先生に報告することもした。
しかし、である。テキストを見ながらではあるが、
文法や表現の一項目を学習→ページを飛ばして練習問題を解く
→戻って次の項目を学習→またページを飛ばして練習問題を解く、
の繰り返し。ちゃんと予習・復習をしておかないと辛くなりそうである。逆にいえば、予習・復習をしっかりやれば、なんとかついていけそうな気がした。
そう考えたのと、雨が降ってきたので、17時まで校舎内で練習問題を解く。辞典がなくても理解できるレベルではあるが、けっこう時間がかかるものだ。そして夕食時間が来たので、途中で切り上げて下宿へ戻る。このときには雨はやんでいた。
ところで、先生は2人とも韓国語しか話さない。でも、韓国で韓国人による韓国語の授業だから当たり前である。難しい言葉が出てきても別な韓国語で言い直していた。そんな先生のおっしゃる韓国語がわかる。ちょっと嬉しかった。
(※)日本なら上級と表現するところだが、「高いレベル」ということで高級と表現する。
8月8日(水) 晴れ、ちと涼しい
明け方、夢を見た。日本語だった。念のため。
自分「途中で帰ってきた」
姉や親「また行くんでしょ。どうやって行くの?」
自分「今函館だから、青森へ行けばなんとかなる」
ここで目が覚めた。
こんな夢を見るあたり、ここから帰りたいのか? でも、また行こうとするあたり、違うのか? 正夢ではないにせよ、気になる。
今日は14人だった。クラス替えで1人が移って2人がやってきた。
そして文法では宿題も出た。キツネが鶴に夕食をご馳走すると言っておきながら鶴はキツネと同じ食べ方ができず、今度は鶴がキツネにご馳走するといって、壺に入ったご馳走をキツネに出した。その話の続きを書けというもの。もちろん韓国語で。ただ、この辺になってくると、まずは日本語のボキャブラリーがないとダメでしょう。
で、どうしたか。“愛してる”と言いながら鶴はキツネにご馳走を口移しで与えた文章にしたら、先生は笑っていた。
午後からは歴史の講義ということで、チョ・ミョンチョル教授が日本語で話された。教授は東京の大学にも居たことがあり、日本の事情にも造詣が深い……のだが、ずいぶんと話が脱線してしまい、歴史の話なのか、単なる雑談なのか、わからなかった。
しかし、このときに生徒から質問を受け付けて、次回に答えを出すと約束した。
次回の内容は14日の日記に。
8月9日(木) 晴れ、暑くないぞ
授業は滞りなく進み、大きなトラブルも無し。印象に残ることも無し。宿題も出たからやるしかない。
ということで、別な感想。
韓国に来て一週間が過ぎた。
最初はホテルのフロントでも通じにくかった韓国語だったが、だいぶ上達した感じがしてきた。なにしろ下宿のアジュンマ(おばさんの意味。親近感を込めてこう言う。以降も同じ)が“上手になったね”と言ってくれたのだから。それがお世辞であっても、一週間面倒を見てくれた韓国人の感想なのだから、悪い気はしない。
たまにFMを聴くと、パーソナリティーの話よりも道路交通情報の内容がわかったりする。道路情報だから使われる言葉は“交通事故”“渋滞”“速度”などに限られるし、頭の中でのイメージがわきやすい。いささか妙な話であるが、聞いてわかるのだからスゴイと我ながら思ってる。
8月10日(金) 晴れたが雲も多い
授業も滞りなく進み、韓国語を韓国語で理解できる自分がコワイ、でもスゴイ。クラスメートから「だから私は理解してないけど、(前に座ってる自分が)頷いたり笑ったりしてるから、一緒に頷いたり笑ったりしてるの」と言われてしまった。うなずきトリオみたいでヤダなぁ。
午後からサムルノリの講座に参加。
ただ楽器を鳴らすだけかと思ったが、まずは踊りと歌から入った。踊りは顔を振り、肩を上下させ、腰を振り、足をふらつかせるもの。阿波踊りをイメージしてもらえればわかるでしょうか。これが恥ずかしいのなんのって。しかも先生は、踊りを教えておきながら“高麗大学生のようには見えない”と抜かしてやがる。でもそれが気持ちよくなってくるから不思議だ。
そして楽器を叩く。自分が手に取ったのは『チャング』という楽器。大鼓みたいな形をしてる。やはり、楽器を鳴らすのは気持ちいい。また次も出てみようかな。
(写真は18日に韓国民族村で撮影したもの)
8月11日(土) くもりすぎ
世宗大王(1397〜1450)はハングル文字を学者に創らせた名君として有名である。今日は葬られている英領へ行く。場所はソウルからほぼ東の驪州(ヨジュ)。
バス2台に分乗して高速道路を進むが、途中で渋滞して思うように進まない。それでも約2時間で到着し、見学する。シャッターを押したら、周りから「心霊写真になったりして」との声が飛んだ。霊感がないからわかりません。
そのあとビュッフェスタイルのレストランで昼食を取って、利川(イチョン)へ移動。韓国の陶磁器作りを体験する。
まずはスライドで作り方の説明を受けた(韓国語で。やや理解できず)あと、焼く前のペン立て?が配られた。“自由に絵を描いてください”と言われたが、絵心はないので「あ〜っ」と書いた。これが一部にバカウケ。
次に粘土が配られて“マグカップを作りましょう”となった。粘土細工って何年ぶりだろうと思いつつ、指示に従って作る。平らな板を作って円形に切り出し、棒状の粘土を上に5本のせて水をつけてくっつける。さらに希望者はろくろを使っての陶磁器作りもやっていた。
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とりあえず完成。すると外にはスイカとマッコリが用意されていた。スイカはスイカの味、マッコリは乳白色で飲んでみると甘い。どぶろくの一種だけど日本酒とは明らかに違う。度数は高いようで、すぐに酔いが回ってきた。バスの中でリバースしないか不安だったが、自分も含めて誰もせず。
帰路はさらに渋滞し、バスの運ちゃんは“アイゴ…(※)”とぼやいていた。帰路の所要時間は2時間半、乗ってて疲れたから運ちゃんはなおさらだっただろう。
(※)英語の"Oh my god!"に当たる言葉。これに当たる日本語はない。
8月12日(日) くもりのち小雨
遊びに来たわけではないので、日曜日こそ自分のしたいことができる。今日するのは、
@PC房(バン)でネット三昧
@日本語を話せない人はお断りの(つまり日本人びいきの)喫茶『集い』へ行ってみる
@東大門(トンデムン)市場でスーツケースを買う
の3つ。
ってことでPC房へ8時30分から行ったのだが、そこがお盆休みに入るので9時に出された。
やむなく地下鉄に乗って弘大入口(ホンデイプク)駅へ行き『集い』へ入ろうとするが、ここの開店は12時だった。時間つぶしに近くのPC房へ行くが、こちらは日本語表示ができなくて悪戦苦闘。そうこうするうちに12時20分になったので『集い』へ再び行くが、日曜日のためか、休み。
PC房にフられ『集い』にフられ、落ち込みながら地下鉄に乗り、14時30分頃に東大門(トンデムン)市場で40000ウォンの大きいスーツケースを購入。目的達成。フられることはなかった。
でもこの頃から今度は雨に降られる。字は違うけど。
15時30分には疲れてしまい、下宿に戻る。戻ったら雨も本降りになってきた。
あーあ、フられっぱなしの日曜日!!
次の一週間
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