7月31日(火) くもり
19時過ぎ、札幌の自宅から国際電話をかける。
ホテル(男性)“はい、レインボーホテルです”
自分“すみませんが、8月2日の予約をしたいんですけど、空いていますか?”
ホテル“少々お待ちください…はい、空いています”
自分“では、お願いします”
ここまでは韓国語で順調に会話。しかし、そこまでだった。
ホテル“○#&△%☆□△*☆〜$○?”
韓国語で何か言ってきたが、理解できなくて黙っていた。すると、
ホテル「日本人の方ですか?」
日本語で言ってきた。だから思わず、
自分「はい、そうです」
と、答えてしまった。以後、ホテルマンは日本語で話し掛けてきた。でも、こちらは韓国語で意思を伝えた。「 」(日本語)と“ ”(韓国語)に気をつけて下の会話をお読みください。
ホテル「一泊ですか?」
自分「はい、そうです」
ホテル「お部屋は、ベッド部屋とオンドル部屋がありますが、どちらになさいますか?」
自分“シングルをお願いします”
ホテル「はい、わかりました」
自分“クレジットカードは使えますか?”
ホテル「はい、使えます。一泊55000ウォンです」
自分“はい、わかりました。ありがとうございました”
ホテル「はい、ありがとうございます」
日本人が韓国語を、韓国人が日本語を使う、妙な展開。ホテルマンも同じ妙な気持ちになったに違いない。
8月2日(木) 晴れ、まとわりつく暑さ
前日夜からあまり眠れないまま、朝を迎えた。緊張していることがわかる。
4時30分に起きて身支度を整え、6時前に家を出た。始発の地下鉄で札幌駅に向かい、JRで新千歳空港へ。8時発のJAL870便で関西へ飛び、14時20分発のJL963便に乗り換えてソウルへ向かう。
15時23分頃、飛行機の窓からソウルの街が見えた。
「来ちゃった…」
心の中でふと思った。漠然とした不安が心と頭の中をよぎる。
15時59分に仁川(インチョン)空港に着陸。入国審査時、入国カードに“高麗大 短期留学”と書いて出すと、入国審査官が“何日間いるんだ?”と聞いてきた。“26日まで”と答えると、入国審査官は“韓国内住所を書いておけ”と言って(たぶん…)パスポートを返してくれた。
預けた荷物を受け取って、税関への「申告なし」と書いたカードを出し、両替をしてソウル駅行きバスに乗った。眠い。眠いが、緊張感が目を閉じさせてくれない。ツライ。
17時45分過ぎ、ソウル駅に着いてバスを降りた。一人だった。今までは飛行機もバスも同じ目的地に行く人がいたから孤独感を感じなかったが、ここからは本当に独り。孤独感と不安感が全身を襲う。それでも気を取り直して階段を下りて地下鉄に乗る。
18時過ぎにレインボーホテルにチェックイン。地下鉄1号線南営(ナミョン)駅前なのですぐにわかった。部屋はダブルベッドのシングルユース。古い建物だし、部屋は必要最小限のものしかないけれど、寝るだけなら必要にして十分。
疲れた…。食事するために一度は外に出たが、食事する気にはなれず、ホテルに戻ってそのまま風呂に入り、22時過ぎには寝てしまった。
8月3日(金) 晴れ、暑い
9時30分頃にホテルをチェックアウトして、三角地(サムガクチ)駅から地下鉄6号線に乗って大学最寄りの安岩(アナム)駅へ。10時に大学に着き、国際館2階の韓国語教育センター事務室で下宿を紹介してもらった。しばらくして年配の女性2人が来て車に乗せられた。どこへ行くのかと思ったが、すぐ近くで降ろされた。ところが普通の民家。これじゃホームステイじゃないか。この家はチェ・キョンナムさんの家。ご夫婦と小学生の女の子と幼稚園児の男の子がいる。日本語は話せない。
夕方、“食事ですよ”と言われて外に出る。家から少し坂を登ったところに別の建物がある。こちらは下宿っぽい。この中で食事。別なご夫婦が居て食事を作っていた。出された味噌汁は日本とは明らかに違った色と味だった。
食事中、女性がやってきた。竹内さん。宮崎から自分と同じく高麗大に短期留学しに来たという。短大の英語講師だけあって英語は堪能だが、韓国語はハングル文字も読むのが不安なレベル。それでも来たというのだから凄い。竹内さんはこちらの下宿に住む。
食事後は民家でテレビを見た。KBS第1『いい国運動本部』という番組で、水野さんという日本人男性が韓国語で司会しており、Jリーグの鹿島とKリーグの蔚山(ウルサン)を比較していた。
そのあとシャワーを浴びようとしたが、お湯が出なくて水だけ。ご主人は“すまない”と詫びた。このあとも3週間の間、お湯が出たり出なかったりが続いた。
さて、住む場所と食事する場所が違う理由。実はチェ・キョンナムさんご夫妻は下宿のキム・ヒスクさんご夫妻の妹夫婦である。最初は下宿一家が使っている部屋を無理に開けて用意しようとしたが、それを知った妹さんが“空き部屋があるから”と一人だけ受け入れてくれたのであった。でも下宿費はキム・ヒスクさん(姉)に支払ったので、以後、朝夕の食事のたびに行脚することになる。
8月4日(土) 晴れ、暑いんだってば
朝から姪2人が来ていた。2人とも小学生で、しかも夏休みの宿題持参で。漢字の書き取りをやらされた(笑)。日本でいう旧字が韓国では正しい漢字とされている。例えば、日本では「号」を使うが韓国は「號」を使う。だから漢字の書き取りも「號」なのだが、わざと「号」と書いてやると“それはだめ〜っ!”と怒られた。
彼女たちも日本語は話せない。会話は韓国語だが、通じないこともない。一緒に遊んでくれる(というか、遊ばされた?)し、初めて出会った日本人に興味津々といったところ。
ジャンケンをした。グー・チョキ・パーは日本と同じ。でも負けると「しっぺ」をされた。これが痛い。負けが多かったので腕が赤くなった。外に出て鬼ごっこもした。こちらもルールが日本と少々異なる。
部屋に入っても“日本語を教えて”と入ってこられた。ひらがなと簡単な日本語を書いて教えたが、すると今度は「おじさん、いっしょにあそんでください」と、日本語で言ってきやがる。それで、同年代の女の子3人(娘+姪2人)でしょ、もううるさいのなんのって。だから「姦」を書いて“日本では女が3人集まると姦しいんだよ”と教えてやると、さらに“キャハハハハ”と笑っていた。
嬉しいんだけど、ちと迷惑。ま、授業前だし、かまっていられるのも今のうちかもしれないから、そう考えると悪くない。
夜、カミナリの音がした。瞬間停電もあった。しかし雨は降らなかった。
電気を消して寝る。暑いから扇風機はつけっぱなし。セミとツクツクボウシが鳴いている。でもコオロギの鳴き声も聞こえた。暑くても秋は近いようだ。
8月5日(日) くもって小雨、そして晴れ
朝、“洗濯したい”と言ったら“洗ってやるから出して”と言われてしまった。“それは悪い”と言ってみたものの“気にするな”とさらなる一言。下宿代を支払ったことだし、いいのかな、と少し思った。
10時過ぎから地下鉄に乗って明洞(ミョンドン)へ。明洞は何度も行っており行く必要は必ずしもなかったけれど、まだソウルの生活に慣れていないので、逆にこういう場所しか行けなかったりする。
ソウル中央郵便局で手紙を出して、ロッテデパートで冷やかしもする。昼食はロッテリア。プルコギバーガーを食べてみる。日本とそんなに変わらなかった。
その後、明洞の歩行者天国を歩く。日本語の会話も聞こえる。屋台からの『らいおんハート』に思わず反応した。覗くと、宇多田、倉木、X JAPAN、ラルクなどのCDが並んでいた。やっぱり自分は日本人であると実感した。
本屋に入り、辞典を買うべきか悩んだ。買ったら頼りにしてしまいそうで、つまり勉強にならないと思った。でも言葉の不安もある。30分近く悩んで、結局、買わなかった。ここでは韓国のサッカー雑誌を買った。日本のJリーグのこともしっかり書いてあり、嬉しかった。
夕食時、新たな日本人男性がやってきた。中野さん。埼玉在住のレッズサポ。高麗大への留学は昨年夏に続いて2回目。韓国語も流暢。というわけで、下宿は日本人3人と韓国人学生3人、それに下宿人一家という構成で3週間を過ごすことになった。
21時からは『ギャグコンサート』という番組を見た。スーパーマン風の格好をした男性が地下鉄2号線の駅名を早口で順番で言っていた。地下鉄2号線は山手線と同じ循環路線なので、いわば山手線の駅名を早口で言っているようなもの。別なコントではアイドルの写真を掲げた女性が“彼がこの中に入ってるの”と言って250ml缶を取り出し、開けたらアイドルの曲が流れた。笑った。
次の一週間
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