玉の緒よ









 相沢さん、お元気ですか。天野です。
 突然のお手紙に驚かれたでしょう。
 べつに大した用事があるわけではありません。ふと筆を取りたくなり、こうして手紙をしたためています。
 いま相沢さんは失礼な事を考えませんでしたか。おばさんくさい、とか。そうかもしれません。それでも電話より手紙の方が、私には合っていると思うんです。
 こちらを離れてからもう二ヶ月以上たちますね。都会での暮らしには慣れましたか。相沢さんは元々、生まれ育った街に戻っただけなのですから、愚問でしたね。
 こちらではすっかり雪も消え、春が訪れています。
 今日、ものみの丘に行ってみました。
 私にとっては久しぶりの場所でした。しばらく草の上に座わってひなたぼっこをしました。そこを走る小さな影を見ました。あれはあの子たちだったかもしれません。やはり元気に走り回っているようです。
 そんな時、相沢さんが言っていた事を思い出しました。
「日常っていうのは、中にいると気づかないけれど、いつも驚きと発見に満ちた楽しい時間なんだよな」
 その言葉を思い浮かべながら辺りを見回してみました。
 透き通る青空。雄大な山々。咲き誇る花たち。遠くに見える街の風景。そして、通り過ぎていく風。
 私はこんなにも素敵で優しい世界に生きているのだと、改めて実感できました。


 ごめんなさい。嘘を書きました。
 いま私には、世界が色褪せて見えてしまいます。
 でも世界が光り輝いている事を疑っているわけではありません。自分の殻に閉じこもって、見るもの、聞くもの、すべてが辛く思えたあの頃に戻った訳ではないのです。
 大丈夫です。目をつぶれば、素敵な時間を思い出すことができます。なんでもない日常は新鮮で驚きに満ちている事を、いつでも思い出せます。
 でも、切なさに身を焦がれるのです。
 相沢さんと出会い、真琴と出会い、哀しみの海から抜け出ることができたはずの私がこんな暗い顔をしていたら、相沢さんはどうするでしょうか。
 からかうでしょうか。冗談を言うでしょうか。それとも慰めてくれるでしょうか。オデコを指で弾くのはやめてくださいね。アレはやっぱり痛いです。
 そして並んで話をしてくれるでしょうか。内容は新しい街での事や、大学での勉強の事でしょうか。
 私は、いつものように真琴の話が聞きたいです。
 相沢さんが真琴のことを教えてくれるおかげで、私は真琴と友情を深められたと思います。知ってますか。私と真琴は、ほんの数日しか会っていないのですよ。でも、真琴がどれだけ純粋で、無邪気で、行動力旺盛か、相沢さんが話してくれたおかげで、今では身近に感じられます。
 私はその話を聞くのが好きでした。真琴のことを、優しく、そして冗談まじりに語ってくれる時、辛さや哀しさも滲んでいましたけれど、それを乗り越えた強さを感じ、相沢さんにとって真琴はいなくなってしまったのではなく、今でも居続け、そして愛しているのだと知ることができましたから。
 その事実に、穏やかな気持ちになれます。優しい気分にもなれます。でも、少し寂しい気持ちになるのはどうしてでしょうか。
 相沢さんは同じ奇跡を体験し、哀しみに溺れている私に同情をかけてくれましたよね。寒さに震えた時にかけてくれた上着の暖かさも、慰めに肩を抱いてくれた思い出も、誉めてくれる時に頭の上に手を置いてくれる仕草も、つまづいた時に支えてくれた強さも、差し伸べてくれた手の温もりも。すべて哀れみからの優しさなんですよね。わかってます。わかってはいるのです。
 なのにどうして思い出すたびに、胸がときめいてしまうのでしょうか。向けられる笑顔のまぶしさに、切なくなってしまうのでしょうか。
 世界は輝いていました。それは相沢さんが傍にいてくれたからです。それだけで何気ないものも彩られ、喜びに胸が踊ったのです。
 通学路を一緒に歩きながら春の風を感じたあの日。夏の暑さに冷たいジュースをおごってくれたあの日。降りしきる落ち葉に感じることの違いを言い争ったあの日。冬の寒さの中、並んで肉まんを食べたあの日。いつも道も。退屈な授業も。騒がしい商店街も。闇の中に取り残される夜でさえ。
 相沢さんがいて、私がいて。たったそれだけで幸せだったのです。
 失ってから気づきました。いいえ、前から気づいてはいたのです。ただ、それを知らない振りをしていました。けれど。
 今なら、あの子たちが命と記憶を引き換えに私たちに会いに来た気持ちがわかります。私だってたとえ命と記憶を失おうと、それで相沢さんに会えるのならば、なにをためらうと言うのでしょう。


 でも、それはできない相談ですよね。もし会いに行ってしまったならば、相沢さんを苦しめてしまいますから。
 相沢さんは優しい方です。私のような弱い人間にも暖かい言葉をかけ慰めてくれる相沢さんならば、気持ちを打ち明けたなら、きっと受け止めてくれるでしょう。
 けれどそれは、真琴を裏切らせてしまう行為です。私の我が侭で二人の幸せを引き裂くなんて、そんな残酷な事をどうしてやれると言うのでしょうか。
 ですからこの想いは封印しなければなりません。決して相沢さんに伝わらないよう、胸の奥底にしまいこまないといけません。
 なのにどうして今、こうして手紙に想いを綴ってしまっているのでしょうか。私はなんて愚かなのでしょう。ペンを持てば、溢れる想いを我慢しきれなくなると気づかないなんて。


 相沢さん。この想いは消えるのでしょうか。距離が離れれば収まるでしょうか。時が経てば忘れるものなのでしょうか。
 いま、こんなにも切なさに身を焦がしているのに。
 いっそ想いで我が身を滅ぼすことができるなら。そう思わずにいられません。
 この手紙を燃やせば、それは叶うのでしょうか。臆病な私には、それすらできないかもしれません。せめて、投函しないで済ます程度でしょう。
 どうかこの想いに、相沢さんが気づかぬ事を祈ります。そして、相沢さんが幸せであり続けてくれるように。






 ごめんなさい相沢さん。
 私はあなたが好きです。



あとがき

 「玉の緒よ 絶えねば絶えね ながらへば
   忍ぶることも 弱りもぞする」

 小倉百人一首、式子内親王の一首です。
 「この命、なくなってしまうのならなくなってしまえ。
  このまま生きていたら、忍ぶ事ができなくなってしまうのだから」
 ってな意味です。意訳アリですけどね。
 この歌をみつけた時は、「うわぁ」って感想でしたね。
 なんっつうのかなぁ、表層は落ち着いているのに、
 深層ではドロドロっとしてる、っていうのか、
 渦巻く情念っていうのか、
 そういう感じがしたんですな。
 他にも忍ぶ恋歌ってのは多く、また好きな歌が多いです。
 オリジナルの方でも題名につかった「かくとだに〜」とか。
 有名なトコロで言えば、
「忍ぶれど 色に出でにけり 我が恋は
  物や思うと 人に問うまで」
「恋すてふ 我が名はまだきに たちにけり
  人知れずこそ 思ひそめしか」
 この二歌でしょうか。
 でも女性の歌の方が、内にこもっていいかな、って気もしますが。

 ええっと、あと書いておきますが。
 この作品は、すらさんの同人誌に載せてもらった作品です。
 その本が完売になった、って話を聞いて、
 「ならいいべ」って事で許可を取って、WEBで発表って形になりました。
 どういう経緯でそうなったのか、まるで覚えてないのですが、
 美汐っていい娘だよねぇ。って話をしててて、その流れだったでしょうか?
 あの娘だったらこうだよねぇ、って書いた訳なんですが、
 どうも回りに浮いてしまっているなぁ、ってのが書いてての印象なのよね。
 それで貫けるほどの文章ではないし。
 でもまぁ、こういう作品は好きです。
 そういう意味では、とっても同人的作品なのかなぁ。
 
 美汐の話は、今後も書く「かも」しれません。
 ネタはあるんだけど、祐一の方のキャラクターがね。
 待っている人がいれば、気長に待ってやってくださいな。

 また、感想がありましたら、ここに一言でいいから書いてやってください。
 私は喜びます。
 
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