序T 〜とある、張り紙〜

「―――ん? 何だ? コリャ」
 戦士求ム

  募集人員 20名程度
  年齢 17歳以上30歳以下
  性別 不問
  傭兵・軍人(経験者)不問
    従軍経験者歓迎
  提供 武具・防具等 衣・食・住
  給与 未定

  希望者は九の月、末の日にラゼルの森へ
                     S.クリスタル
 羊皮紙に書かれた求人書の中に、意外な文面を見つけてしまった男はあんぐりと口を開けて見入っている。
「……酒場の店員じゃねぇんだからよ」
 文句を付けたくなるような内容であるのは確かだ。
「親父、何だい? コリャ」
「ああ、今朝方背の高い姉さんが来て、張ってったもんだよ」
「へぇ……、女が酒場で戦士集め…?」
 もう一度その広告を眺めて、男は腰に吊ってある剣の柄をトン、と叩いた。
「面白そうだ、行ってみるかね」
 給与・未定というのが気にはなったが、この国はどうにも暇でならない。一つ所にいるよりは、首を突っ込んでみるか……と、彼は不適な笑みを浮かべたのだった。


 この日を皮切りに、 ティアーサ王都中の酒場で似たような光景が見受けられた……らしい。

序U 〜事の始まり〜
 ハイランド、水晶宮・奥殿―――

「下へ―――行った?」
「はぁ…。第二次戦士募集ッス」
 東方将軍に何ら臆することなく、ティーポットに湯を注ぎながら金髪の男は答えた。
 身長は2メートルに2センチだけ足りない、体格の良い男である。
「流石におれ達二人じゃ手が回りませんからね。マ…将軍と考えてたんスよ、次の募集、掛けようって」
 黒服の美丈夫はブルーのエプロンを掛けたままで、カーレルの前に紅茶とクッキーを並べた。
「……いつ頃、戻ってくる?」
「夕飯までには帰ってくるって言ってました。もうじき帰ってくるんじゃないスかね?」
「あ〜〜……解った。また来るわ」
「そいじゃ、夕食一緒にどうッスか? 良い鮭が手に入ったんスよ、良ければ準備するッス」
「そうか? じゃ、ウチを断って、それから来る」
「お待ちしてるッス」
 紅茶を飲んで立ち上がったカーレルに、男は皿の上に盛ってあったクッキーを手早く紙に包んで差し出す。
「?」
「どうぞ。焼きたてッスから」
「あ…あ、どうも」

30枚のクッキーを手に水晶宮を後にしたカーレルの頭の中に、とてもイヤなタイトルが浮かんだ。

 第三回 クッキー争奪戦 水仙宮杯

(ヤベ……)
 人間のルーティア・エルリエスがハイランドに来るまで、この国には軽食・おやつといった概念がなかった。
 もちろん、紅茶やコーヒーなども無かったし、お茶菓子と言ったものも存在しなかったのである。
 その後、ルーティアがカーレルやその下の戦士達に焼き菓子を振る舞ったことから、おやつブームは始まった。数多くの女戦士達がクッキーやビスケットの作り方を習いに集まり、開かれた講習会も一度や二度ではなかった。
 しかし、誰がどう作っても、ルーティアやサイファの作った物の方が美味い。何のことはない、キャリアの差なのだろうが。ともかくも、二人の作った菓子は絶大な人気を有している。
 焼け石に水のような枚数を、一体どうしたものか……と、カーレルは溜め息をついたのだった。




 ティアーサ王都、『水のランプ』亭

「反応、面白いですね」
「そうだね。何たって、募集の理由と任官先が載ってないから」
「趣旨だけですからね」
「まあ、集まった中からどれ程が来ると言うかも解らないしね。来ても、帰りたがってるのを帰さない訳にもいかないから」
 酒場だというのにお茶を飲みながら、ルーティアはのんびりとした感想を述べる。
「早く新しい人が入ってくれれば、ウォーデにもサイファにも迷惑掛けなくて済むんだけどね」
「―――それは仕方のないことです。私達しか残らなかったんですから」
 一時募集は定員無し。起床・食事・就寝以外の行動を個人の自由としておいたのだが、何もしない者が続出。結果的に40名もいた中で、二人しか残らなかったのだ。
 全員が全員、何もしなかったわけではない。最初は訓練に励む者もいたのだ。しかし、評価されぬ事に業を煮やし、出ていった者が多い。
「失敗の経験があるから、今度は何とかなる―――と良いなぁって思うんだけどね」
「ええ。先に情報を与えてしまうのは、やはり問題があります。場所が場所ですし……。その点はクリアしていますけれど、後は―――」
「運に任せるしかないね。面白い人が集まると良いなぁ」
「……」
 しようのない人だ――とウォーデは思う。自分にも他人にも興味のない彼に軍の編成など、ハイランド王も何を考えているのやら……
 しかし、一概にルーティアのせいにも出来たことではない。彼は元々、単騎戦を得意とし、集団戦闘はしない竜騎士なのだから。
(やる気になれば、出来る人なんだけど―――)
 そうでなければ一年間も一人で、あの広大な水晶宮を維持することなど出来まい。
(まぁ、良いわ…)
 ルーティアがやらないならば、自分とサイファがやるまでのこと。食事当番もそうだが、内外の清掃もさせなければ。持ち回りにするか、得意な者がやるか。話し合っても良いだろう。
「一つだけ、良いかな?」
「はい?」
 思考に沈んでいたウォーデは姿勢を正した。
「正直なところ、僕もどうして良いか解ってないんだ。それに、軍隊として編成しようとも考えていないんだよ」
 解るかな? と首を傾げたルーティアにウォーデは深く頷く。
「個人的にはラウローゼのような傭兵団が良いと思ってるんだ。だから、余りガチガチに締め付けても良くない。ほどほどに…ね」
「ルーティア様は口を出さない……と?」
「出しても良いよ。僕も掃除なり何なりするし」
「……任せていただいた方が、良いかも知れません」
「そう?」
「はい。将軍として上にいていただきませんと。当日の説明にも、私とサイファで参ります。ルーティア様は宮に残っていてください」
「解りました」
 コックリと頷くルーティアは、本当に何を考えているのだろう? と勘ぐってしまう。
「じゃ、帰ろうか。サイファも待ってるし」
 カウンターにコインをおいて席を立ったルーティアを、ウォーデは追った。


序V 〜影響〜
8の月21日、水晶宮―――

「え? 張り紙、無くなってたんスか?」
「うん」
 サイファの煎れてくれたお茶を飲みながら、ルーティアはコックリと頷いた。
「何でまた……」
 きれいに切り分けたチョコレートケーキを二人に勧めながら、サイファは首を捻る。
「出所を探るつもりでしょ。案外長いこと出回ってたから、馬鹿じゃないかと思ってたんだけど。やっと動いたわね」
 辛辣な言葉はもちろんウォーデであった。
「……どうするんスか? マスター。見つかったり、しないスかね?」
「大丈夫じゃないかな? 持っていく前に感知防御の呪文、掛けて貰ってるから。いくら僕でも、そこまで抜けてない」
 フォークを口に運んでの台詞に、ウォーデとサイファは顔を見合わせる。二人とも決して、主が抜けているとは思っていない。ただ、どこまでが冗談でどこからが本当なのか、イマイチ掴めないのだ。
 大抵のことは一人でやってしまって、自分達に何かを求めるわけでもない。しかし、邪魔にしている様子もないのだから、ますます困ってしまう。
 だから、二人の出した結論は一つ。
『特に、何もしない』
 ……正確には、出来ないと言うのが正しいのかも知れないが。
『ただし、邪魔にされてるわけじゃないなら、やれることの手伝いはする』
 と、この辺りで落ち着けてみたのであった。
「集まりそうなんスか? 人数は」
「どうかしら? 酒場には結構、人数はいるけれど、面白半分な人間が多いんでしょうね。立候補者が全てモノになるとも限らないし。私達の時がいい例でしょ?」
「そうっスね。まぁ、受け入れ準備と言っても、何も出来ないのが現状ッスし。表の方の掃除は、来る前々日くらいからで大丈夫ッスよね?」
「うん、きっとね。3人もいれば、大丈夫だよ」
「……いや、おれ達二人でやるッス」
 呆れ顔のサイファに、そう? とルーティアは首を捻った。


「で、今日も公務放っぽりだして出掛けてるって?」
「放っぽってる訳じゃないッスよ。戦士集めは水晶宮の目下最大の課題ッスから」
 今日も今日とてのんびりとコーヒーなど入れつつ、サイファは答えて寄越す。
 どうにも、人間は良く解らん……と、カーレルは思う。
 ルーティアも癖のある奴だと思うが、その側近も実に変わり者だ。しかも、聞いたところによればどちらも盗賊だとか。今集めているのも、正規の軍人ではなく傭兵だという話しだし。どんどん変わり者の集団になっていく気がして、彼は溜め息をついた。
「その最大の課題に、アイツが出て行かなけりゃならん理由はあるのか?」
「はあ。感を戻すのも、あるんじゃないスかね?」
「感?」
「戦場離れして、少し鈍ってるとか仰ってたッスから。確かに、水晶宮にいたんじゃ戦闘に出ることも無いッスし。ご本人、仰ってたッスよ。元々考えるより行動が先だって」
 ホイップクリームの乗ったコーヒーをウンザリした気分でカーレルは口元へ運ぶ。
 サイファもウォーデもこれで意外に常識人なのかも知れない。ただ、ルーティアの影響力が大きいだけで。
 朱に交われば赤くなるとは、こういうことなのだろうか?
 さむい考えを、カーレルはコーヒーで押し流した。
 後悔、していたのかも知れない。
 戦闘力の高さを基準に選ぶのではなかった……と。
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